だって僕は冬樹だったから。

季節、書いてます。

気づいてしまった、同年代との違いに。

んにちは。冬樹だった者です。

新年明けましたおめでとうございます。

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久しいですね。
結構忙しくて、ブログを更新する暇などなかったのです。

今は少し落ち着いたので少し話でも書きたいな、そう思ったので書いてます。
これから更新頻度が受験生という重枷を引きずることになるのでだいぶ少なくなると思いますがよろしくお願いします。


今回は、同年代の人間と話す機会があってそこで驚くことが多かったので
それについて書かせてください。


目次

金か?欲望か?

僕は、ありがたいことに学習塾に通わせてもらっているのだがそこで取ってるグループの講義で
同年代の人に話しかけられ


「給料は良いがやりたくないことをするか、
給料は低いがやりたいことをやるか」

という議題で話を持ちかけられた。

僕は当然のように前者を選択した。


するとどうだろう。
彼らの表情が曇り、彼らはこう言う。

「やりたいことやったほうがいいじゃん?」


僕は驚愕した。なぜだ?
何を考えて彼らは生きている?
恐怖すら感じた。

彼らは17年間生きてきてまだ夢でも見ていると言うのか?
信じられない。


では、何故「高収入、やりたくない事」をするべきで
     「やりたい事で低収入」はよくないと思うか(一概にそうとも言わないが)
僕なりに思っていることを説明していこうと思う。

結局お金、齢10にして知ったこと

僕の家庭は中流層だ。
平均的年収の父と専業主婦の母親、弟と僕と一匹の犬が居る。


小学4年の頃、友人の家に行った。
僕はそこで驚くものを目の当たりにした。


最新のゲーム機にエレベーターに地下室。
トイレは自動開閉に蛇口はセンサー式。

そこそこ冴えていた僕は気づく。

「金かよ。結局。」

寂しい10歳だ。今こそそこまでそれを思っているわけではないが当時はそれから金に執着した。

一斉下校で1000円を拾って低学年の子に密告され校長室で怒られても使ったり

親に飲食代だと言ってせびった金を貯金箱に入れたり。

なので幼い頃からお金の大事さ、豊さ≒お金の概念が染み付いている。

だからこそ自分も1時間を三桁で買収されるアルバイトなんてしたくないし
平均年収は越したいし
現時点で「お金」に関するビジョンが明確なので
仕事はもちろんある程度は選ぶが給料優先だ。


そんなたった一回の現実が僕を今、成長させてくれていることは嬉しいことだ。


ところで、何故やりたくない事で高収入を選択したか。

それはこれがまさに現実的だからだ。


やりたくない人が多い = 高収入

やりたがる人間がそもそも少ないのだ。

想像して欲しい。
トイレ掃除を率先してやりたがる人間はいないだろ?

公園の臭いトイレが象徴で清掃バイトの賃金がいいのも証拠だ。

逆に人気職はどうだろう。

そもそも就職倍率が高く就職自体が困難である。

プロ野球選手。

彼らは本当に一握りの才能と努力のできる人間がなっていることは
毎年やる、胡散臭いドラフト秘話的な番組でやるから分かるだろう。

ああゆう人気職の類はリスクも大きいのにリターンもそこまでない。


ここでもう一回考えて欲しい。

金があれば基本何でもできる。

少し我慢して確実に金を貯めれば
いつだって転職できる時代だ。

需要あるものなんて探せばいくらでもある。

例えば高齢者が充満するこの時代に家事代行なんて相当必要とされているだろう?

つまりそうゆうことだよ。

野望があるなら野望を達成できるだけのものを手に入れることだ。

だから僕は今のところ過労死上等エンジニア志望なんです。

まあ、お金が全てじゃないんですけどね。

次回予告

きっと以前の僕なら
「金だ!!!!金が全てなんだ!!」
とか言っていたんですけど僕はそうじゃないことにも気が付いたんです。

それについて書こうと思います。

多分これ以上なく下手な記事になるけどきっと面白い気がします。


それじゃあ、またね。

胃もたれにお気をつけください。2020年もよろしくお願いします。

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人生の参加賞とログインボーナス

んばんは。 冬樹だった者です。

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参加賞

毎日起きて、食して、毎日違う気温に合わせて服を着て

毎日同じようなことをして、家に帰って眠る。

至って普通のことで誰もこんなことには疑問を抱かない。


人にはそれぞれ能力があるし、やれることとできないことがあって、

簡単なことと難しいことがあるんだよね。

それなのに、死ぬ気になればなんでもできるとか

どうしてできないの?って世間の目が痛い。

小学校の先生が言ってた。

「お互いの個性を認め合って、足りないところを補い合うために協力しましょう!」って。

そんなこと関係なしになんでもできちゃう人。

逆に何にもできない子。


僕らの個性は絶対絶対いつか消えてしまう。

どうせ死ぬんだから。
社会に飲まれてしまうから。
埋もれてしまうから。

どうせ死ぬのに、出発と終着は同じところなのに

なんでここまで中身が違うんだろう。


あのサッカーが上手なやつは新幹線みたいに

あの可愛い女優になった子は船でいろんなところを行くみたいに

何もできない僕は誰も知らない街の各駅停車みたいに走るから急いでいる人にはキレられて。


ここまで差があるなら別に彼らとおんなじとは言わないから

参加賞が欲しいよな。


ちゃんと生きたんだぜって、ここにいたんだよって証拠が欲しいんだよ。

何も賞が取れなくて泣いても

「よくやったね」って抱きしめてくれる母親の温もりが欲しい。


いつ死んでもいいよ。いつか死ぬんだし。


でも、ここを生きたんだって参加賞が欲しいよ。

ログボ

毎日、起きたくもないのに起きて。

乗りたくもない電車や車に乗って

行きたくもない場所に行って

やりたくもないことをやって

逆にやりたいこともできないで

それでもなんとかって生きてるなんて偉いよ。

何ももらえないのに、本当に偉いと思うんだ。


ゲームってさ、ユーザーを手放さないようにログインボーナスがあるじゃないか。

僕は、この人生をゲームとかいう輩がいるんだからログインボーナスがあってもいいんじゃないかなって思うんだ。

そうすれば死んでしまう人だって減ると思うんだよ。

なんでもいいんだよ。

お金でも、ご飯でも、恋人や母親の抱擁でも。

何があるかなって些細なことで毎日は色づくから。

空が綺麗とかそんなことだって、僕らの自意識は必ず安らぐんだよ。

過去を清算できなくても、幸せは誰もが感じることのできる権利だと思うから。

放浪記[熱海編]

 


んにちは。冬樹だった者です。

 

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放浪記[熱海編] 今にも崩壊しそうな心のために一人で無計画熱海を決めてきました。 綺麗な写真多めです。 なのでただ海とかもめがいます。 とてもいい旅でした。という記録です。

すっかりなかったような秋も終盤を迎え、冬が本格的にやってきそうですね。

皆さん体調にはお気をつけて。

 

そんな季節に僕は一人で熱海に行ってきたのでその記録をしていこうと思います。

写真を多く載せているので良ければ是非。

 

 

2019年 11月16日 より。

 

 

まずは寝坊から始まります。(笑)

まあ、一人なので関係ないです(開き直り)

 

そして電車に乗り込み、満員電車の中潰されそうになりながら

なんとか熱海へ。

 

 

なんて、ツイートをしたんですけど

じゃがりこはまじで満員すぎた横浜あたりに泣きそうになりながら食べてました。

 

そうして三時間以上かけて熱海駅に到着しました。

電車から見えた海でなんだか満足しかけてましたが

初手商店街に心を躍らせました。

 

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そして、平和通りを抜け饅頭を購入し

サンビーチへ向かう前に知らない誰もいないところで微かに見える海を

覗きながらそれを食べます。

(ちなみにめちゃくちゃ美味しかったです。

電車で帰る前に急いで彼女に一つ買って帰りました。)

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そして山を下り、エモさを満喫して

サンビーチに!!

 

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いやあ、感動感動。

海とは無縁の地域に住んでいるので最高でした。

 

元から冬の海が好きで、過ごしやすい気候と潮風は

本当に涙が出そうになるくらい感動しました。

幸いにも、海は観光客があまりいなくて良かったです。

 

そこから2時間ほど堤防で海を眺めていました。

海水が綺麗で驚きました。

 

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魚もいたんですよ!!!

 

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なんだか可愛いですよね。

本当に綺麗な海でした。

 

 

そのあとは砂浜を歩いたりしていました。

観光客の子供達の声が細波と共鳴していて

僕はなんだか、悩みとかそんなことを忘れられました。

 

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それから、せっかくなので海鮮丼をめっちゃ高い店で食ってやろうと思ったんですけど

さすが土曜日。

 

お客で何処もいっぱいだったので大衆食堂の「笑笑」さんで

海鮮丼を食べました。

 

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ちなみに観光客の外国人の方に写真を撮ってあげたら500円をいただきました。

美味しかったかと言えばそうでもなかったけれど

エビは美味しかったですよ。

 

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そしたらしばらく散歩をしていました。

少し上りが多めで疲れたのですが沢山面白いものに出会えました。

いい雰囲気の階段に

お地蔵さんたち。

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いいでしょう。

結構、一人だと迷ったりするんですけど

その度に新しいものが見えたりするので本当にいいものだと思うんです。

 

そのあとはまた海に行こうと思ったので、少し歩きました。

途中でおいしいソフトクリームを買いました。

これは、満足するくらい美味しかったです。

 

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そうしたら遊覧船乗り場にたくさんのカモメがいたので勝手に撮影会。

本当にカモメめっちゃ可愛いですね。

撮りすぎたけど良さげなものを厳選して貼っておきます。

 

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可愛い…

最高かよ…

カメラ持って行って良かったです。

すごく遠くにいたので望遠しないと撮れなかったので。

 

最近はスマホもすごい画質が綺麗だけど

この望遠はやっぱりカメラの魅力だと思います。

 

そんでなんだかんだ最初の地に戻って

詩を書いたり

眠ったり

手紙を書いたりしました。

 

手紙は恋人に書きました。

写真と一緒に同封して昨日渡しました。

喜んでもらったので良かった。

 

少し日が傾いてきた時すごい海が反射していて感動しました。

このまま何処かに行きたいって言う気持ちは案外何処にいても生まれるものなんだなと思ったのです。

 

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それから夕焼けを見たかったけど山で隠れてしまっていてどうにもできなかったので

山を登っていました。

 

夜紛いの夕暮れの空は見えました。

いい感じですよ。

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そうして僕は商店街に戻ります。

最初の悩みなんてこの頃にはほとんど吹っ切れていました。

 

グリーン券を買ったので、何か安いものを食べようと思って

おいしいらしいラーメン屋さんに入って

魚介系のラーメンを食べました。

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これは少しピリ辛で美味しかったなあ。

 

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そして僕は恋人にだけ土産を買い、三時間ゆっくりと

グリーン車の中で彼女に思い出を綴りながら帰りました。

 

地元について恋人に土産話と土産の饅頭を渡して

少し散歩をしました。

 

そんな日でした。

また、一人で何処かに行きたいと思ったし

勉強とかいろんなことで悩むけど頑張ってみようと思いました。

 

 

少し秋離れした陽気と

人の暖かさと

この澄み切った海は

僕のことを少し楽にしてくれました。

 

皆さんも一人で放浪するのはいいとおもいます。

普段のカセから思いっきり羽を伸ばして

自分と向き合う時間は無理してでも作っていいと思いました。

 

それではまた会いましょう。

 

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さよなら、木曜日の午前4時。

薄暗い部屋。

 

散らばった本。

 

流しっぱなしのラジオ、FM。

 

それが私の午前4時。木曜日。

 

朝帰りの涙を流す少女。

骨を鳴らすサラリーマン。

 

私はといえば、この街の空気のように静かに、静かに

霧がかかった静かな街に足音を残す。

 

「家の鍵を閉め忘れた。」

そう呟いて焦燥感と共に家に戻る。足早に。

 

空き巣などの何か非日常を妄想する。

少し気分が高揚する。

 

何もなかった。

そこにあったのは日常そのもので、私は家の鍵を閉めた。

 

朝食を食べに行くために駅前の松屋に行く。

 

皆が急ぐ中、悠長に私はペンを走らせる。

 

しっかりと食事に感謝の意を発して店を出る。

 

私は電車に乗る。

 

揺られ、喩られ、手ぶらで。

 

左手に握りしめた退職届。

 

さよなら、私の木曜日。

自分の価値について考える

んにちは。 冬樹だった者です。

今、深夜の三時です。きのこ帝国さんのタイトロープを聴きながらエモい夜を過ごしています。

はよ、活動再開してくれないかな。


さて、今日は自分の価値について考えるよ。

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完全に深夜テンションってやつだけどまあ君も一緒に考えてみよ(適当)


目次

生まれたくて生まれた人間はいない事を考える。


生まれたくて生まれた人間はいない。

なのに、人生的に不遇になると何故か親や世界に責任転嫁する。

「生まれたかったわけじゃない」とか「勝手に生んだ」とかね。(例外もあるから怒らないで欲しい。)

僕も、つい最近まで本当にひどい息子だったと思う。

親には金がないことを責め、生まれたくはなかったとか言ってしまったから。

それでも、この世界とか僕の体は割と不遇な事に病気やら事故やらいじめやら突きつけてきたけど

よく考えたら、あの日の夕焼けとか朝焼けとか

君とか、他にもたくさんのものに出会えたじゃないか。

それでも、それらは生きる意味をくれない。僕に価値はくれない。

自分の気持ちすら教えてくれない。



僕は死のうと思った事がある。それは移動中に脳貧血によって失敗に終わったが僕は生きていてよかった気がする。

だって、新しい芸術に出会えた。

友達もできた。

まあ、割と悪くないかもなって思い始めてる。

そう今では昔に比べたらひどいものだけどそこそこ幸せを感じる事が多くなってきた僕も

あの才能あふれる彼も

美しい声で歌う彼女も

母も

君の恋人や親友や知り合いも


生まれたかったわけではないのだ。

それなのに、あんなに笑ってる人間がいるんだ。

彼らはきっと生きる意味とかを見つけられた人間なんだと思う。

それか何も考えてない馬鹿。

すごい奴ほど、虐められてたりする事が多い。

彼らは生きる意味を、自分の価値を見つけたのだ。

それは、僕は人それぞれだと思うし、自由だと思うけど

少なくとも僕はゆっくりでも生きる意味を見つけて生まれたことを肯定したい。

君は、どう思ってるだろうか。

落ち着いて考えてみて欲しい。

僕は結局過去がどうあれ自分が生きる唯一無二の理由を見つけた人間はそうでない人間よりも時はるかに強く、

生きる意味を持って生きてきたどんな有名な人間と同等かそれ以上の「生まれた価値」を見出せるのではないかと思っている。



今までの人生に価値があるかを考える。


そもそも自分の価値を考えると言うよりか、過去の自分も間違いなくその査定対象であるのだから

その過去のことも考えなければならない。

これに関しては完全に主観でしか無いし、比較対象もおそらく無い気がするので

これを読みながら一緒に考えるのはそこそこ有意義かもしれない。
いじめのことについて書いてあります。トラウマがある方は目次にもどってこの部分を飛ばして下さい。

まず、過去を振り返って実際自分が成したことを書いてみる。


7歳  粘土細工が県の展覧会に出品される

12歳 三振賞という「生活態度」 「学習」 「運動」の優秀度のバランスが良い小卒という名誉ある資格を取得する際に2番目に名誉のある賞を教育委員会からいただく。

しかし現在、その紙は灰になりどこかの空を舞っているのかもしれない。
灰ってどこにいくんだろうね。

15歳 生徒会議長兼学年学級委員長を務める。 
   先生にテストを真面目に受けろとドヤされ(ほぼ体罰)何となくシャーペンを動かして学年8位を取りそこから維持。
先生はやればできる男と言うが実際はただ目立つことを避けていただけなので勘弁して欲しかった。

   この名誉ありそうな役職も教師の指名であり僕はホストでは無いと言いたかった。

   そこそこ東大合格率県内3本の指の高校に入学

16歳  辞めた、高校。


17年生きてきたけれどこんなものですかね。

ダッサ!!!

まじでどうでもいいことしかしてないんですよ

悲しいくらい何もしてないことをただ露呈しただけですねこれじゃあ。

多分、ここで普通に高校生活を終えたとしても大して何も変わってません。

失礼ですが、皆さん大差ないと思います。

企業なりしないとそれなりに価値は持たないのだと。

人生は客観的に見たら価値なんて殆どないのでは?

それは仕方がないことだ。

ほとんどの人間はこの世界に何か影響を及ぼすことなんて不可能に等しい。

限られた一握りの人間が世界を変えていくから、目立つものに人間は集まる。

だが。

主観的に比較をしたらどうか?主観的に評価してみたらどうだ?

自分の成長や、成した事は自分にしか分からないからこそそうするべきだ。

近くの人間が『凄い』そういえば自分は凄いのだ。

主観的な価値は人生、もっと深いところでは生活に潤いを与える。

人間に価値があるのではない。

価値を持たせることでより価値があるものに変化していくものなのだと僕は思う。

僕はいじめられたことがあるんだけど、それは古典的な暴行だったし痛かったけど抜け出してからの復讐心は僕の全能力を並から並以上に向上させるきっかけとなった。

これはテストや成績や体力テストの結果から見られるので間違いではないと思う。


確かに今までの人生に価値はないかもしれない。

しかしそれは客観的に見た結果論であり

主観的に見た場合は価値を持つことが多い。

その過去との比較はきっと未来に繋がる。

と僕は思う。


自分が価値を持つために今後の展望を語る


僕は正直にいってこの先の未来次第で自分が自分の思う価値を持てるかどうか自信を持てない。

通信制高校生でここからどこまで普通に戻っていけるかが僕にとっての価値そのものだと思う。

これは個人の思想だがまず、大学進学は必須な気がする。

なぜなら、現代社会で就職難極めてる人が多いのに通信制高校出の人間をどこの会社が雇いたいのだろうか。

そうゆうことだ。

全日制ならまだしも通信制高校なので大学に行くことで多少の評価は上がるだろう。

その先は淡々と働いて、両親に望まれているのは結婚なのでそれは叶えてあげたい。

だって僕は最高の親不孝者だから。

だから結婚して、普通に普通に行きたい。

そうすれば死ぬとき、人生には価値があったと言えると思う。

結局、人生の価値は終わり方にあるから。

誰もが幻に引っかかるけど。


みんなは幼い頃どんなことを考えてた?

僕は、誰よりも偉くなって誰よりも良い暮らしをするんだと信じてやまなかった。

きっとそんなことを考えていた少年少女は少なくないと思う。

プロ野球選手?サッカー選手?アナウンサー?アイドル?総理大臣?歌手?

全部気づいた時には幻なんだよ

でも歳をとって現実を見る。

それでもだ。
僕らはまた幻を見る。

僕だって今はそうだ。

人間年相応の幻を見るんだと思った。

それでもなんとかなんとかってみんな生きてるから凄いよ。

愚かで、醜くて、非現実的で、それでもって生きてるんだよ。


あの時見た幻は悪だったのだろうか。

僕らに虚無を感じさせるためだけのものだったのだろうか。

違うと思った。

確かにあの時見た幻は呪いみたいに剥がれないけど

確かに僕らの足を進める。
明日へ、明日へって。

だから、自分には価値がないと思っても誰かはその価値を知ってると思うんだ。

それはあなたの家族かも知れないし、大好きな人かも知れないし、大嫌いな人かも知れないけど

そんなことで悩んだり、苦しんだりするあなたは人間らしくて素敵だと僕は思ったんだ。

またね、上手くまとまらないや。


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午前4時12分28秒

暗闇から暗闇へ。

無意識が瞼を開いた。

入浴もせずに眠っていたようだ。

デスクトップパソコンのディスプレイの明かりだけがこの部屋で息をしている。

床の冷たさと昨日のままの食卓は私の虚無をただ、ただ加速させる。

無意識が眠りに就き始めた。自意識様の起床か。

私は自意識で自意識に舌打ちをしながら無意識にキッチンへ向かう。

時計を見れば午前4時13分、秒針はどこにあるのか?

眼鏡をかけ、秒針を見る。 午前4時14分10秒。

コーヒーを淹れ、机に向かう。

私の吐息だけが聞こえる。

まるでこの部屋の全てが「君は孤独だ」と囁く。

また、虚無が加速した。自意識は無意識を受け継いでいるのか?

どうでも良いことを考えながらマウスを押し込む。

クリック音だけが静寂に刺さる。

この静寂を、この部屋の汚さを、この朝を、この孤独を、この世界を、こんな私を。

今日を生きるには、

絶対、絶対だ。私には貴方が’必要だ。

無意識の死にたさは消え、自意識の死にたさが生まれた。











私は。

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人間、辞めたい。-死にたい訳じゃない-

んにちは。  今日も相変わらず冬樹だった者です。

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皆さん、台風被害は大丈夫でしょうか。

本当に僕の家の近くはギリギリでした。あと小一時間でも雨が降っていたら今頃沈んでました。

それに千葉県のニュースだけじゃなく、他県で様々な被害を見て自分の無力さに苛まれてしまいます。

被害に遭われた方が一刻も早く元の生活を取り戻せる日が来ることを心の底から祈ってます。



さて、今日は僕が人間を辞めてしまいたいと思った話をしていこうと思う。

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目次

〜そもそも人間って?〜

僕が毛嫌いする人間って、僕ってなんなんだろう。

そもそも知らないものを知ってるフリをして「嫌い」

なんて言うのはよくないことだ。

だから僕は使うことにしてんだ。

そう、人類の英知の結晶。Wikipediaを。

人の住むところ
世間
人が生きている人と人の関係の世界。
またそうした人間社会の中で脆くはかないさまを概念的に表すことば。

引用:Wikipediaより。
https://ja.wikipedia.org/wiki/人間


んん?もしかして人間っていうのは確かに僕らのことだけど、人間そのものは世間とか
全体を表すものなのかな??

じゃあ、「ヒト」について調べてみようか。

広義にはヒト亜族に属する動物の総称であり、狭義には現生の(現在生きている)人類(学名 : Homo sapiens)を指す。人間(にんげん)ともいわれる。

引用:Wikipediaより
https://ja.wikipedia.org/wiki/ヒト

ンンンンん。
これは生物学上の話だね。

でも確かに僕らは生きてて、動物であるけどそれは前提でしかなくてもっと人間だからこそっていうものがあるきがするんだ。

結局、人間ってのはよくわからないもの。

だから、よく人間を知ってるとかそんなのは個人の見解でしかないと僕は思い始めている。

だからそれを否定するも、肯定するも全部自分次第で、自由なことなんだよ。

じゃあこうなるはずだよね。



人間の何が不満なの?って。

〜人間も僕のことも嫌いな理由〜

人間が嫌いな理由は人間を辞めたいことに直結している。

何が嫌いか?

まず、汚いんだよ。

勘違いしないで欲しいのはこれからの話がみんなに当てはまる事はないという事。
ほとんどの人間に当てはまってしまうという事。


僕ら人間は、大体自己中心的だ。

生物としてはこれが正しい。
食物連鎖の頂点に人間が君臨している理由はこれだ。

でも、僕はこれが嫌いだ。

だって、心を人間は持っているから。
誰かを思うことができてしまうから。


その中途半端な思いやりと、自己中心な感情は水と油みたいに反発する。
決して混ざらない。

最近の話をすればきっとわかってもらえると思うな。

台風があっただろう?

あれでたくさんの人が死んだり、被害に遭った。

去年よりは些かマシになってるけどそれでも誰かがなくなるという事は悲しい事だ。

それで僕は悲しくなった。

自分はたまたま助かった事実に怒りを感じた。

無力だと、強く強く何かを思った。

と、同時にだ。

自分じゃなくてよかった。という感情どこかに介在している。

結局は自身の安全を第一にしているんだよ僕は。

きっとこれは僕だけじゃないと思うんだ。
だって本能なんだから。

でも僕はこれを汚いと思ってしまう。

すごく嫌だ。
もっと純粋に人を想えないのか?

無理だ。

僕はそんなに優しくない。優しくなれない。

自分のことで精一杯だ。

自己中心的な本能と人間ならではの心が僕は使いこなせない。

心は素敵だよ。

誰かを思って、好きになって、愛して。

本当に素敵だと思う。

でも僕は汚いから、そんなに100%心を使うことなんてできない。

苦しいんだよ。とても、無力が、自分の弱さも正当化できてしまうその本能が嫌いだ。

どうせなら、生き物としての本能は捨てて欲しかった。

もっと心でできた種族にしてくれたらよかった。


次にね、すぐ前にも書いたけど人間は弱さも強さも悪いこともいいことも
何でも正当化できてしまう生き物なんだ。

これも悪いことじゃない。

自分を保っていく上で必要なことだから。

でも僕は、やっぱり素直になれない。

弱さを正当化なんてしたくない。

もっと強く在りたい。

悪さを正当化したくない。

ちゃんと謝りたい。

こんなことだ。こんなことがいつの間にかできなくなってしまった。

人間のせいだよ。誰がなんと言おうと。

もっと素直に生きれれば誰も嫌われないんだよ。

絶対にもっと人間は良くなる。

もっと世界は手を取り合えるんだよ。

こんなこと言っても何にも変わらないのに。

ん?

〜結局人間も嫌いだけど僕が人間でいることが嫌いなんだ。〜

ん?だね。

本当に。
確かに人間は嫌いなところがたくさんある。


でも結局僕が人間であることが嫌い。

つまり僕が嫌いなんだ。

こんなこと傲慢でしかないよな。

でも、僕が人間だから本能を受け入れられない。 

こんなのありきたりだ。

特別な悩みだとか思っちゃたらそれこそ人間として終わりだ。

だから笑ってしまう。
受け入れようとしてしまう。
最後には自分はどっちだったかわからなくなってしまう。



だから容易には死ねないし、何が何だかわからないまま死にたくもない。


「自分が嫌い」

これは、僕は最近新たな結論にたどり着いた。

このヘイトも、全部全部、努力不足


どこかで聞いたんだ。

この世の理不尽は当人の能力不足って。

誰だっけな。友達だっけ?彼は友達だったか?

だから虚勢はもう貼りたくない。

だから。

〜僕が僕で人間でいるために〜

じゃあ、この気持ちも劣等感も隠さなくていい。

ちなみに僕は悩みを文章を書きながら解決していく。

今解決し始めているところだ。

全然好きじゃないよ、まだこんな自分。

何をすればいいか?

文化にもっと触れる?もっと勉強する?もっと優しくなる?

全部違うようで違う


全部だ。

死ぬほど努力する。これしかなかった。


これしかないんだよ。自分を好きになるには、肯定してあげるには。

言い訳もスマートなやり方もいらない。

やるべきことを死ぬほどやるしかない。

辛くてももう逃げちゃダメなんだ。

もっと、もっと進まなきゃダメなんだ。

根性論は嫌いだ。現代っぽくない。

そもそも現代っぽいって何だ?

努力せずに何だかできちゃうことか?

それは天才だろう。

ここだけは多分この先100年も1000年も変わらない根幹なんだと思う。

だから頑張る。

具体的な話は自分だけが知ってればいいからノートにでも書いておく。

何だかすっきりした。
明日から頑張ろう。

空の青さを知る人よはとてもいい映画でしたよ。

おすすめです。

いつかこの偽名の話とか色々してみたいね()

ありがとう。

僕は変わるよ、誰のためでもない。

自分という人間を好きになる為でもない。

もう何のためでもないよ。

これは義務だから。

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またね。