高校中退者が20歳になると

高校を中退してから4年以上が経った。
4年間、フリーターやニートになって生活したり、高卒認定をとって大学受験しようと思ったらなんだか嫌になってしまったり。
精神科に通い続けて、、縁もツキもあって今は日本ではない国で勉強をしている。
最近、その国の大学に行けることが決まったのだけどとても嬉しい。
死ななくてよかったなと少しは思う。
高校を中退してから、何もかも親任せ。バイトをしたかと思えば続かず、ゲームをして夜更かしをして昼夜逆転にして。
自分で決めたわけじゃないけど、病気のせいにして辞めた高校をずっと言い訳にしてきた。
それが今は、自分で生活をしている。金銭はバイトだけじゃ工面できないから多少、両親に頼っているけど自分で家事をして勉強をしている普通のことだけど誇らしく思える。

この記事に訪れてくれた人は、高校を中退したことがあったり、中退しようか迷ったり、兎にも角にも中退に興味がある人たちだと思う。
僕は中退がいいことだとは思わないけど悪いことだとも思わない。
ただ、自分で自分を諦めるのは少しだけ早いと思う。
僕は一度諦めなかったけど、諦めることを許されなくてよかったと今は思える。
環境にもよるけど、結局は自分次第なんだ。
自分次第でどうにでもなるとは言わないけど、自分次第で少しは、なんとかなる。
努力をすればとも言わないけど、努力をしようと思って、努力を遂行して、それを続ければ半熟くらいには実るかもしれない。

君ができることは君が選んだ道を自分で間違ったことにしないことだ。
悪いけど、君は多分完璧にはなれないよ。
だけど君は君自身でいられるから、これは誰にもどんな環境にも侵されない権利だから君は君のままでいていいんだと僕は思う。

僕はきっとこれから先何回も取り返しのつかない失敗をしていくんだと思う。
中退なんか比じゃないくらいの失敗をするかもしれないけど、僕は僕でいることを息が止まるまで諦めないでおこうと思う。
だから君も、少しだけ前を向いて歩いてみてほしい。

過剰と流動


どうやっても人間の本質は変わらない。
僕は海外に逃亡してきて2ヶ月が経った。
高校を退学したぶり、つまり4年ぶりに学校に通っているんだけども僕が変わっていないことを痛感することばかりだ。

追い込まれると、医療に罹らないといけなくなるまで加減ができないし
出来るようになると調子に乗って続けてきた努力すら放棄してしまう。

きっと何事も過剰になることは決していいことではない。
非凡な人間になりたいと望んでいるからこそこうなってしまう。
結局、凡以下な人間なのだから身の丈に合った努力と地位を望み、目指すべきなのだと思う。

それでも人間だからより良いを目指してしまう。
生物の目的は「増えること」なのにそれ以外で求めすぎてしまう。
それが堪らなく苦しくて愛おしいとすら思ってしまう。
自己嫌悪かと思ば、誰かが渡してくれる愛でそんなものが一瞬で消えてしまったり。

悲観も計画も未来にするものであって、自分に必要なものは今を全力で生きることなのに。
期待してくれたり、優しくしてくれる人たちに報いることなのに。
それができない。

ありきたりで幸せな悩みなのに、どうにも苦しさは消えない。
そんなことを考えながら午前2時、異国の夜を歩いている。

さよならの風景

何も終わっていないのに、唐突に何かが終わった感覚に陥ってしまった。
少し変わることはこれからは日本ではない国に住むことになるということだけだけれどそんなことは大して問題じゃないと思う。
いろんなものが中途半端なのが原因だ。
僕は本当にどうしよもない人間だから何もかもをやりきった試しがない。
大きいところで話すと学校だったり、小さいところで話すと昨日のお昼ご飯の片付けだったり。
本当に、どうしようもないんだよ。
向こうは冬だからと、コートを買おうと思った。
だけど僕はもう2週間以上ZOZOTOWNのページを開いたままだ。
終わってない文法書。
現像していない写真。
片付いていない部屋。
返していないメール、ライン。
書きかけの手紙。
譜読み途中の楽譜。
作りかけの音楽。
一時停止のままの映画。
読みかけの本。
精算できないままの思い出とか気持ちとか好きな人とか友達とか家族とか犬とか。
きっとこの世で一番中途半端な人間は自分なんじゃないかと思う。
まだ5000個くらいやりかけの何かがあると思う。
本当だよ。
何かをやっとの思いで解決しても、それはただのチェックポイントのようなものだったりしてずっと目掛けて走ったり歩いてたどり着いた先が大きな畑じゃなくて小さい、ビーチフラッグみたいな旗だった時はみんなどんな気持ちになるんだろう。
僕はそれがゴールだと3万年くらい勘違いしてしまうし、ゴールじゃないことに気がついても2万年くらい目指せない。
あまりに苦しいもの。
たくさんモヤモヤすることがある。
逆にもやもやしないことなんてこの世にないんじゃないかな。
それはそれで、いいことなのかもしれないけどそんな自分を好きになれるとは思わないな。
それでも僕を好きだと言ってくれる人は何人か、信じられないけど本当にいるみたいだし感傷的になることを認めてれる人がいることはカバンに折り畳み傘が入ってるくらい心強い。
こんなに気持ちが悪い全てとはさよならできないけど、こんなに素晴らしい風景とさよならすることは少し嫌だな。
友達は、人が亡くなった時にさよならはまた会うためのおまじないって言ってたけど何年かして僕がこの風景と再会する時にさよならの意味が少しでもわかると嬉しいなと思う。

それだけなんだけどさ。

逃亡

逃亡することになった。
逃亡するのだ。
正確には、留学に行くだけなんだけども。

何もかもから逃げるようにその時期を早めた。
バイトしてもそんなに貯まらなかったけど何とか手元に残ってる50万くらいの金と親からの投資、現地でのバイト等でなんとか生活するつもりでいる。
結局、何も変わらなかった。
弱い自分は弱いままだったし、傷だと思っていたものは最初からあったものだったな。と思う。

特に思い残すことはなくて、いやあるんだけどそれはどうしよもないことばかりで。
なぜなら過去には戻れないからで。
辞めた高校とか辞めた大学受験とか、一年前手放した恋人とか、音楽とか、夏。
そんなものにずっと引き摺られているから新しいものは何も手につかなかった。

自分は恵まれているなと思う。
こんなに悲観的な物事から全て逃げてリセットができる。
逃亡先ではおちゃらけキャラでも、クールなキャラでも通る。
そこに自分を知っている人はいないから、なんでも許される。
自殺の他にこの択があってよかったなと少し思う。
まあ、人間は変わらないので繰り返してしまうのかなという気もしますが。

思い残してることは、うやむやになってる人ともう一回会いたいなとかせっかくピアノ買ったのになとか、犬とか最近興味のある犬を飼ってる人とか、会いたい人がたくさんいるとか結構たくさんあるけれど新しくなんとかやれたらなって思う。

ただの声がデカいやつとか、朝焼けとか、魚の小骨とかに負けたくないなと思う。

収束する日常

元気、元気じゃない
朝、昼、夜。


最近、イギリスに行ってきた。

帰ってくると我が物顔の人間がこぞって「海外行くと価値観変わるよね」と意味不明なことを言っていた。

????

確かに見るもの全てが新鮮だったしそれを素敵だと思ったし、自分もそれを取り入れたいと思ったりもした。

でも自分の価値観が変わったかと言えばそれは違うと思う。

というか、そんな簡単に変わってしまう価値観なんて価値観じゃないと思う。

それは価値観って言葉を誰かに教わってその上澄みみたいなものしか理解できない人間たちが勝手に作り出したマイブームみたいなものだと思う。

仮に価値観が変わるとしたら、それで得られたのは価値観を変えるきっかけであって実際に変わったかどうかは本人にもわからないものだと思う。

価値観なんて他人と比較しなきゃわからないでしょ?

イギリスは建物の統一感が気持ちよかった。

食べ物は食えないわけじゃないって感じ。

デンマーク人が可愛かった。








昨日、メトロポリタン美術館展に行ってきた。

美術館は時々行くくらいだったけど最近少しハマってる。

ハマってくると、作者の背景とか年代を見てその時何が起きてたか思い出して照らし合わせて見てみたり、絵の具が荒いなとかいろいろ気がつくことがある。

だけど、今日はエロい格好をした大学生と入ったタイミングが一緒だったので友人との会話が耳に入ってきたんだけど絵画の女性を見て

「可愛い〜」「かっこいい!」「うま〜」「エロ!!」とかそんなんばっか話しててそういうの忘れてたなと思った。

エロい女子大生ありがとう。







今年はなんか桜に感動できない。

桜綺麗だなって思うけどそれだけ。

去年は昔の恋人にもう一回だけ会いたくて桜を見る約束をしたんだけどすっぽかされてすごい落ち込んだ。

今までにもこれからもあの人みたいな人は僕を好きになってくれないだろうな。

なんかでもその事実だけですごいなと思う。

向き合うって難しいと思う。

服装って難しい。

毎日なんで着る服で悩まなきゃいけないんだろうって思う。

なんでみんな同じ服着て同じ髪型してんのかな。

生活って結構むずいかしいよね、結構最近向いてないなって思いながら生きてる。

それで、あ〜今日も夜更かししちゃったな〜って起きてから食べる納豆ご飯のことを考えて寝る。

seikatsu no nazo

みんな生活している。
それぞれがそれぞれの生活をしている。
素晴らしいと思うし素敵だと思う。
それぞれがそれぞれの傷だって持っているけれどそれを覆すくらい素敵なものを持っている。
私はどうだろうかと考えてみると何も見つからない。
一芸もなければセンスも才能もない。
それがないならないなりに見つける努力もしない、できない。
今日は卵がうまく割れなかった。
今日はご飯がうまく食べられなかった。
独り身の初老みたいで悲しくなってしまった。
なんで自分の良いところはないんだろうかと思うことは結構ある。
きっと探せばあるんだと思ってたけど案外見つからないものだった。
みんな優しいから「君には何もないよ」なんて言わないけれど。

やろうと思ったことができないし、後回しにしてしまう。
外せない予定があってもたまに寝坊するし、夜は眠れないし、自傷はクソダサいのに形を変えながら続くし。
今日は充実してたななんて思っても、その日を振り返ると空白の時間が多すぎて何もしてないことに気がついたりしたり。
この日記(?)を書いた日なんて起きていた時間が16時間くらいあったけど活動できていたのは8時間くらいでそれ以外は自分でも何をしていたのか覚えていない。
情けないな〜と思い、泣いてみたりするけれどあんまり意味はないなと思う。
これがデジタルタトゥーなのかな。
みんなはどんな生活をしているのかなとか思うけれど、いざ聞いてみたら対して興味も湧かないんだと思う。
だから友達がインターネットにすらあまりいないんだと思う。
みんな陰キャラとか自称してるけれどインターネットに居場所があるだけマシだと思う。
「本物」はインターネットにすら大した人数の友達はいないし、ゲーセンとかアニメショップにすら出かけられない。
パソコンすら眺めない。
ずっと天井を見ているくらいしかしてない。
そのくせに言いたいことはたくさんあって、現に意味わからないくらい長い文章を遂行も誤字脱字のチェックすらしないままただつらつら続けている。
「まずは何かを始めるところから」と両親にも医者にも言われるけれどそれは自分にはできる。
けどどうしてか、それが続かないし、それを少しでも良くしようと努力ができない。
面白いとか思っても突き詰められない。
甘えているだけだと思うけどどうしたらいいかわからないから結果死にたいとかいうクソダサい感情に辿り着いてしまう。
人生はこれからも続いていくし今日という日はもう2度と来ないし、もうすぐ18歳も終わるし、なんかよくわからない。
ほら、またよくわからないで片付けてしまう。
本当にどうしよもないと思う。
みんなはどうしよもなくないし素敵だと思う。
こんな根拠もない肯定を不特定多数の人間に向けている時点で僕はどうしよもないと思う。

18歳 男 モデルナ社製ワクチン接種レポート

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「打った人」

・18歳
・男性
・体重:50キロ
・職業:無職

1回目
2021年6月30日
右腕に接種

接種後から2時間程度で腕に痛みが出始めた。
次の日には腕が結構腫れた。
三日経つと治りかけの筋肉痛のような感じになり徐々に痛みは消えていった。

鎮痛剤等は必要ないようなものだった。



2回目
2021年7月28日
左腕に接種

接種直後には何もなかった。
接種日夜から微熱と怠さと腕の痛みが出てきた。
元々病弱なため、家にストックされていた「カロナール500mg」を服用して眠る。
予診時に医師にカロナールは2時間おきに服用しても良いと言われているため大量にベッドの横に置いて眠った。
そうしないと副反応に追いつけないんだとか言っていた気がする。

二日目
起床すると風邪のような怠さと悪寒がした。
意識がはっきりすると確信したことがありましてまるでインフルエンザの時みたいな感じでした。
40度以上の発熱と頭痛のため一日中寝ていた。
熱は一向に下がらなかった。
食欲はなく、水分とカロナールを飲んで過ごした。
時々栄養ゼリーを頑張って飲んで過ごした。

三日目

38度くらいまで熱が下がる。
ここまで落ち着くと鎮痛剤も効果が出て熱等は少しずつ下がっていった。
軽い風邪のような怠さまで落ち着くが頭痛が酷かったため大して活動できなかった。
前日同様過ごしていた。
食事はうどんなど軽いものを摂った。

四日目
何事もなかったかのように通常運転に戻った。
腕の痛みも1回目ほど強くなかった。


もし副反応が強く出たら

副反応の強さとかは1回目が何もなかったからとか関係なくそれぞれな気がするので
ワクチン接種が決まったら
解熱鎮痛剤(医師や薬剤師と相談しましょう)
大量の水分
・熱さまシート
・栄養ゼリー等の簡単な食事
摂取日後の休暇
を用意しておくといいと思います。


結構辛かったけどこれで自分が感染した時のリスクとか他の人に迷惑がかかるリスクが減るならこれでいいと思いました。
未知のものなので怖いには怖かったけれど自分が誰かを最悪間接的に殺してしまうことの方が怖かったので打ちました。
打つのをためらっている人も迷っている人も多分死なないのでこれくらいで多少リスクが削減できるなら打った方がいいと思います。
自分が誰かを感染させてしまうのも嫌だけど誰か知らない人に感染させられるのも何か嫌だと思います。
と僕は割と副反応が大きかったけど思いました。